ずぼら美容を追求する

美容家とは違う美容の視点

美容記事は世の中にあふれている - 取捨選択の助けにならない

実際あふれているんですよ。美容コスメ雑誌然り、メイクアップアーティストやBAさん、美容家という肩書きの人のブログに動画にSNS。検索を始めると、まぁまずキュレーションサイトや大手メディアの記事しか出てこない。そしてその内容の多くは「○○が○○の効果をプラスしててイケてる!この時期おすすめラインナップ!」いわば広告です。

当然ですが、こうやって世の中の情報はコントロールされている。そうしてその内容は、化粧品ブランドのこれとこれがこういう効果があっていくらで売っているというもの。口コミを探してもほぼ同じ。

それが悪いわけじゃない。そういう人たちは普段から美容に関心があって少なからず自分の手入れに抜かりがない人が多い。美容に力を入れる人々がきれいになるのは、いわば、当たり前。美容のためにアレをしてこれをしてこれがいいかあれがいいかを比較し、アレもこれも使って試して、美容のために生き、美容のために摂生も運動もするのだろう。素晴らしいことだ。

実際美を追求すればそういう行動になっていくのだろう。

ほしい美容情報とは

でもね、もともと美しさのために美しいを探求し美しいひとが使っている使用感や効果は、実際のところ一般ぴーぽーのシーマにはあまり役に立たないものが多い。

違うねん。
私はな、一般人の!!!使用感が!!!知りたいんや。

ふつ~~~~のひとがふつ~~~~に使ってどんな感じだったかが知りたいのだ。しかし上位検索ででてくる内容は雑誌の編集さんとかアンバサダーみたいな人たちがあれもこれも試してみました!そのなかでも特に…っていう流ればっかりなのだ。それは広告!!!!!!
私がほしいのはそれじゃないのだ。

新商品は売らねばならない。企業が大金はたいて打ってる広告だから目に入るようにされているのは当然の仕組みだし、それは仕方がない。

一日に美容にかける時間なんて朝化粧する前と夜風呂入った前後くらいしかしないのだ。別段これといって美容のために取り組む特別ななにかはほぼないに等しい。運動もエステもしない。出会ってから仕事に生きているので続けているピラティスくらいしかない。

美容家の方々はあれこれ使ってこれがよかった~って感想書けるほど「化粧品類に敏感」であるのだけれど、シーマはそうじゃないのだ。使っても一日で変化を感じますよ!とか、感じたこともないくらい鈍感なのだ。わからんのだ。

それでもまぁ肌が汚いと言われるようなこともないし、今のままで十分なのでキープできる程度の効果がほしいのだ。美魔女目指しているわけでもなく、感触としては「使うからにはそこそこの効果が得たい」という感じなんのだ。

そんなシーマにもわかるようにふつーに使っててふつーにレビューしてあるやつがほしいのだ。ふつーの生活の中で化粧水変えてみたわ~こんな感じだった~っていう感想をみたいのだ。同じような肌悩みのある人が使った結果効果あったぜ!って言ってるやつがみたい。

美容家ではないワタシのしたいこと

冒頭でも述べた通り、美容家やインフルエンサーのみなさまはその職業のためにそれらを尽くすひとである。「美」でありつづけるためにいろいろなことを美に集約しておられることだろう、知らんけど。まぁ垣間見える様子だけで、実際は何がどうなのかなんて外野にはサッパリわからない。

一般人はどうなんだろうか。美容にはもちろん興味があるだろう。というか、きれいになりたいだろう。無論きれいにしたいに決まっている。
シーマはというとやっぱり楽しい。単純に美しいものきれいなものに心満たされる瞬間があるからだ。その美の価値観、どこから?みたいな話になってくると、勿論外付けされ後から刷り込まれ上書きされ続けてきた「誰かが決めた価値観」であることは否めない。しかしそこから外れて自分だけの価値観で生きてると思うことほど驕りだと思う。誰かが決めた価値観の中から自分の欲しいものを選び取ってきている。そこらへんはちょっとややこしいのでこのくらいにしておくが、社会の中でやはりルッキズムに晒されることが避けられない以上、小奇麗にしておくことは不必要にその視線の的を向けさせない為、つまり可もなく不可もない状態にしておけばいらぬ議論を呼ぶまいという打算的な解決策でもある。でもそれは化粧する目的の3%くらいでしかないのだ。残り97%は、やっぱり自分が思い描くきれいになればテンション上がるから、である。


でも生活の大半をそこに注ぎ込むほど時間をかけたくはないのだ。
その心は、美容以外のことしたいである。
食べたいし、旅したいし、漫画も読みたいし、だらだらもしたいし、勉強もしたい。
美容家やコスメ雑誌に関わる方々はそれ自体が目的であり仕事である。
パンピ〜のシーマは違うのだ。

ずぼらでもある程度の美容は叶う

美容以外のものにたくさん時間を使いたいという、リソースの割合の決め方の話なのだ。

生活をしながら、美容を叶える方法を探しているし、どれがいいかを模索している。その時間だってそんなに長くはない。長くないどころか一日一週間でみればほとんどないといっても過言ではないくらいの時間である。多くの人はそうなんじゃないだろうか。


パンピーのレビューには、美容家でもなんでもない、美容のために努力しているわけでもないパンピーだからこそ、こんなにだらけていて!それほど頑張りも丁寧にもしていないのに効果がある!という説得力がある。考えたらそういう商品のほうがお得だしすごいじゃないか
生活はそこそこぐだっており、寝る時間は早くなく、食べる時間もバラバラで、好きなもん食ってるし、特別摂生もしない…カロリーの摂取は気にしないが翌日でバランスとる程度の知能はあります。
それでも特段大きな病気をしたことはなく、ケガもなく、健康診断の数値は貧血のみという割と理想的な健康状態を保っていて、肌もそこそこきれいになったのである。きれいになった実感があるのは30代になってからだが、だからこそ実感があるというもの。

重要な文言は「ある程度」という部分である。美容家じゃないんだから~死ぬほどそこに努力しているというわけじゃないんだから~。
パッと見では難はなさそうという張りぼてかもしれないが、それでもある程度の美は成り立つ。
そんなパンピーの生活だからこそこれは役立つ、効果あるって伝えることに意味があると思っている。
パンピーがほしいのはパンピーの実録コスメレビューなのですよ。

なのでシーマがご紹介に当たるのは「簡単」なものしかない。あれこれやってあれもこれもやっては、シーマの流儀上ちょっとできそうにない。いや単なる性格の問題ですが。
同じ肌悩みのひとには、ちょっとお役に立つのかもしれないなと思いながら、たまに美容のあれこれについて手を伸ばしてみたりするんですよ。

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